2006年06月03日

山王祭 裸御輿 2006

開催日:毎年6月1日 日付固定
今年(2006年6月1日−木曜日)
場所:富山市総曲輪通りアーケード・中央通付近(富山駅から徒歩20分ほど)

富山駅南口から徒歩20分ほど歩くと、大きなアーケードが見えてくる。
(途中官庁街・全日空ホテルなどがある。)

ここで5月31日から6月2日まで、山王祭が開催されている。
アーケードからさらに南に5分ほど歩くとある、日枝神社の祭礼である。

その山王祭に協賛して、裸御輿が4年前から始まっている。
(神事ではないので、神輿ではなく御輿(発音同じ)) 

日枝神社の神輿(町会神輿)は、別に街中を巡航しているが、
それとは別に地域の活性化(祭りの活性化)を目的に、企画されたということを聞いた。

格好は、黒褌に黒の足袋・黒の手拭を巻いて、神社の木札を首から下げるスタイル
背中には、いろいろとマジックペイントする。(文字や模様など)

15時から17時30分までの約2時間半。 目抜き通りを練り歩く。

受付は12時くらいからやっている。
私は、12時30分くらいに行き、参加費と木札などをいただく。

申し込みは事前することになってはいるが、主催者側も
できるだけ参加してほしいということなので、締め切り後も受け付けているらしい。

新規は、衣装(黒褌・手拭・木札)をいただける。黒足袋は自前で用意する。
2回目以降(古株)は、木札のみとなる。

受付を済ませ、着替え場所に行こうとしたが、背中のペイントの係りの方が
「後は混むので今書いていきませんか?」との事。
それならと書いてもらった。「なんにしますか?」と言われ、
去年まで「祭」にしていたが、今年は、「山王」にした。

着替え場所を聞いて、歩いたが聞いた建物を探しても見つからない。
警備の人に聞いても駄目。 結局30分近く歩いて見つけた。
聞いたビル名ではなかった・・・

着替え場所には結構もう人がいて、私も早速着替えた。

友人も参加することになっていたので、友人を待つ。
連絡が入り、路面電車(富山地方鉄道−市内線)の電停まで迎えに行く。

友人を受付案内する。 樽酒の振舞い酒などもあり頂く。
その間に友人も受付と背中のペイントをしてもらった。

早速着替え場所に行く。もうそろそろ集合時間なので
友人には急いでもらって、神社へ。 安全祈願のお祓いを受ける。

お祓いの後、中央通の歩行者天国へ戻りいよいよスタートする。

裸御輿は2基、女御輿は1基上がるようだ。
女御輿は、今年は手作りではなく、御輿を借りているようだ。
裸御輿は、角材を組んでその上に灯篭を乗せてある。
灯篭には、絵を書いて、ある。
提灯もあり夜はライトアップして飾るらしい。

2基の御輿に付く前に、まず神職さんから御輿にお祓いを受け、
担ぎ手(力者)が配置に付く。
私は、西の御輿になった。(もうひとつは東の御輿)

歩行者天国から東側へ移動し、中央通を進む。

15分ほどで最初の休憩。 冷たい水がでる。 
次は、総曲輪通りの東のアーケードの端まで。
やはり15分ほど。

以下、15分毎にアーケード内で2回休んで、
元の中央通りの歩行者天国へ。

ここでまた休憩して、今度は中央通を西へ。
中央通から市民プラザの前で引き返し。
中央通の歩行者天国で最後の休憩。

最後、御輿を肩より上にあげて観客の前で2・3週周り、
御輿を肩より下ろしそのまま据え付けて裸御輿は終了となった。

おにぎりとお茶を頂きその場でほうばる。おいしかった。

その後、所用を済ませ、着替えに戻ったらほとんどの人が着替えを終わっていた。

企業参加の方たち(北陸電力・北日本新聞・日野自動車など)の方たちは
終了後早々に着替えたらしい。

平日の開催であるため、企業の団体参加が多いのがこの裸御輿の特徴だ。
でも嫌々参加している人が少ない気がした。
来年もまた参加したい。

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2006年03月31日

つつこ引き祭り(福島県伊達市)

開催日時:3月第1週13時より
場所:厳島神社 (最寄り駅:阿武隈急行保原駅)

JR福島駅に隣接した阿武隈急行にて20分。
保原駅が最寄の厳島神社のお祭り

地元以外の参加も可能。
当日の飛び入り参加も可能だが、
祭り衣装の数により断られるケースあり

また事前申し込みをしていても、12:15までに
受付(銭湯−岩の湯さん前)を済まさないと
飛び入り参加の申込者が優先される。

駅から10分ほど歩く。
神社からも近い場所に受付の岩の湯さんがある。

受付を済まし、祭り衣装を受け取る。

祭り衣装は、袖なしの法被・まわし(厚手の布)
・祭り足袋・さらし・鉢巻(赤・白・黄色)が支給される。

鉢巻は、対決する3町を意味している。

希望者には有料にて、神社名の入った鉢巻・木札が
購入可能。

着替えて祭り開始の13時を待つ。

13時なり、岩の湯さんより神社に向けて、祭り参加の裸男達が
「わっしょい・わっしょい」の掛け声の元、厳島神社へ駆け足で向かう。

厳島神社へつくと、神社の社殿より、わらで編んだつつこを裸男達で
担ぎ上げ、神輿のように角材を組んだ上に載せる。
裸男達が角材を担ぎ上げ、総代が1人上に乗り
神輿の要領で、神社より街中へ出て行く。

保原4丁目の交差点を中心に300メートルそれぞれ4方向に
つつこを乗せた神輿は、練り歩く。 途中で、神輿がとまり
もちまきが行われる。 このもちには、番号がつけてあり、
その番号で後で抽選があり、商品があたるのだという。
そのため、観客のもちの争奪戦が繰り広げられる。
「こっちにまいて」・「後ろもまいて」などなど・・・

観客からもちをまく総代に声が飛ぶ。

四つ角をすべて回り終えると、神輿を下ろし
次に、樽酒の鏡開きとなる。 これも振舞われえる。

その後はつつこを交差点の中心に置き、
棒のようなものをさし、裸男達による棒の争奪戦が
行われる。  200メートルほど離れて、そこから
走って棒を取れたものに商品が出るというもの。
いわゆるビーチフラッグのようなものらしい。
3本ほどあった。  いっせいに裸男達が走り
あっという間に3本が捕られた。 
私はもちろんまったく近づけなかった。

いよいよつつこ引きが始まる。
まずは、つつこを裸男達で持ち上げては
道路にたたきつける。 何度か同じ場所で同じ動作を繰り返す。
持ち上げている裸男達が疲れてきたら、ほかの裸男達と交代する
一度につつこにつける人数は10から15人、裸男達全員で50から70人ほどなどで
何度かはつつこに付くことができた。

天気もよく気温も15度ほどあったため、裸でもつつこを何度も持ち上げると
汗が出て、またのども渇く。
役員の方が、水や酒を持って、裸男達に渡していた。
酒を飲もうかと思ったが、酔っ払ってしまっては・・・と思い、
水にした。 

神輿と同様につつこを保原4丁目交差点より、4方向にそれぞれ持って行っては
担ぎ上げて落とす動作を繰り替えす。 1時間弱ほど行った。

クライマックスらしく、つつこの一部が解かれ、鉢巻で分けられた3町で
それぞれの町の方向に向かってつつこを引くことになった。

掛け声とともにいっせいに裸男達がそれぞれの方向につつこを引く。
私は、赤色の下町に分けられていた。
一生懸命つつこを引くが、握るところが悪かったのか、つつこのわらが
途中から抜けて引きちぎれてしまった。 

私の前後の赤の下町の数人が抜けてしまったため、
あっという間に、白の上町へつつこが引かれていく。
私を含め、赤の裸男達が急いで追っかけてまた引くが
文字通り後の祭り・・・白の上町の勝利となった。

勝利した上町は、神社までつつこを奉納する権利とまた
2人には優秀賞(VIP賞)で賞金がでるとの事。

残念だが私は赤の下町なので権利は逃してしまった。

つつこを担いだ白い鉢巻の裸男達に先頭にそのほか赤・黄色の鉢巻の
裸男達が続いて神社へ向かう。 神社の境内に奉納し、ここでつつこを開く。

中には、前日につつこの中に包んでおいたおこわが入っている。
縁起物として、観客・裸男達に配られる。

解体したつつこのわらも縁起物ということらしい。
みんな持っていっていた。 私も持って帰ることにした。

神社の社殿では、裸男参加者の長年表彰(5年連続参加)や
優秀賞・棒取り合戦勝利者など表彰が行われた。

ある程度すると裸男達が続々着換え場所の岩の湯さんへ戻り始めた。
私も戻ることにした。

岩の湯さんへ戻り、着替えると表で、参加のお土産が渡されていた。

地元の方に打ち上げに誘っていただき、お酒をいただいた。
宴もたけなわだったが、時間的にリミットで失礼して駅に向かった。

posted by かぼすけ at 16:53| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 祭り参加 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月26日

浜崎祇園祭 2002年7月20・21日 その1

(2002年に参加した浜崎祇園祭の日記を
再構成して載せてます。)

今年(2002年)も浜崎祇園祭に参加することにした。
このお祭りは、佐賀県の東松浦郡浜玉町(当時、現在は唐津市浜玉町)
で行われる夏祭りで、重さ6トン、高さ15メートルの山車(山笠)を引く。
博多祇園山笠の飾り山笠を引くような感じである。(詳細は、町のHPで。)

福岡は、ちょうど雨が降り始めたところらしい。
祭り衣装で締める締め込み((褌)を買いに山笠用品を売るハンダ洋品店へ。
(当時は洋品<ジーンズなど>も売るお店でしたが、現在は専門店
変更されています。)

去年1つ買っておいたが、祭りは2日間なので、雨でぬれると干しても
乾かないこともあるので
、もう1つ購入した。

店を出て、福岡市営地下鉄へ移動。地下鉄がJR筑肥線に乗り入れていて、
浜玉町のあるJR浜崎駅へ行くことが出来る。 
ただ、直通は1時間に2本程度なので、直通電車を待つ。
地下鉄区間からJRの区間へ入る。 海沿いを走るので景色はきれいだ。
80分ほどのり、浜崎駅が見えた。山笠も見えた。

宿の関係で浜崎駅を通過し、唐津駅前のホテルへチェックインして、
浜崎駅へすぐ戻る。

14時前になっていた。晴れたり雨が降ったりと天気が不安定だったが、
何とか天気は持ちそうだ。お世話になる区長さんのお宅へ向かった。
玄関の引き戸を開けてみると祭り足袋が玄関にあった。
「ごめんください」と声をかけると、区長さんが出れこられた。
「今年もきましたね」と区長さん。

去年もご一緒した福岡の会社の皆さんもいらっしゃっていた。
「今年もよろしくお願いします」と挨拶して、早速祭り衣装に着替える。
去年買った締め込み(褌)は締められるように4つ折にはしておいたが、
実際に締めていない為前垂れの長さをどうとっていいか分らない。
3巻きでは、長すぎるようなので、4巻きにしようとしたら今度は短い、
それでもおなかに回した部分を引っ張りなんとか締める。 
ちょっときつく締めすぎた感があった。

祭り足袋を買いそびれたので、衣装を売っているお店へ。
祭り足袋を買ったが、普通の足袋と何も代わらない。
裏にゴムがなく山笠を引っ張る際にアスファルトの摩擦で
すぐに駄目になるのでは?と不安な気がした。でも仕方なく、その足袋を履く。 

祭り開始が14:30だということで早速集合場所へ。
3基の山笠(西組・東組・浜組)がそろっていた。 
「今年も来ましたね」といろいろな方に声をかけられた。
1年ぶりでも覚えてもらえているのがとてもうれしい。
今年は浜崎祇園際250年だということで、イベントも行われていた。

まずは、スタートの諏訪神社から記念イベントがある
ひれふり公園まで3基の山笠が移動する。 
お囃子がはじまり、独特の掛け声をかけながら綱を引き山笠を引く。

ひれふり公園に到着。ここで今年(2002年)は、もちが撒かれるらしい。
次の出発の16:30まで、公園のステージの舞踊などを覗いたり、
のどが渇いたので水分補給をする。

もちが撒かれるということで土曜日なのに今年はものすごい人手だった。
後から聞いたらもちの中に引換券があり、
いろいろな商品が用意されていたらしい。それで人が多かったんだなと思った。

16:30をまわり先頭の浜組の山笠から動き出す。次は、300M先の役場前まで引く。
距離は300Mだが重さ6トンに加えてお囃子の人が15人ほど乗るのでとても重い。
それでもまだ土曜日は参加者が多い。参加者が少ない日曜日のことを考えると大変だ。

150メールくらい行くと、4つ角があるここで山笠の方角を左へ換える。
山笠が大きい為、建物にぶつからないよう4つ角の真中まで行き一気に方向を変える。
このときちゃんと山笠全体の動きを見ておかないと綱の動きで
つまづいて転倒したりなどとても危ない。 とても緊張するが、

うまく方角が変わると、爽快である。まず最初の角をクリアした。 
ここから残り150Mは道が緩やかに上っている。
普通に歩くなら気にならない程度だが、6トン以上の山笠にとっては、かなり重い。
さっきまでの順調な状態から山笠が少し止まり気味になりつつ、なんとか次の休憩場所へ。

役場前で少し休憩して、次は500メートルほど先の国道のコンビニ前へまで引く。
まずは、100メートル先の4つ角までまた山笠を一気に右回転させる。
残りコンビニまでは、400メートルだがまたすこし道が上っている為大変。

コンビニの50メートルほど手前で、一端ストップ
ここで「おおまぎり」といわれる山笠を旋回させる事を行う。
まずは先頭の浜組がおおまぎりを行う。「5回回るから」からと役員の方がみんなに声をかける。
浜組が5回旋回を行い、一時停止位置へ。
いよいよ私のいる東組だ。 おおまぎりをするコンビニ前まで引き、
「いくぞ!」の掛け声で一気に回転させる。山笠の前にくくり付けた二つの綱と
山笠の後ろについている棒の回転させる。3つのバランスが悪いと回らずとまってしまう。
役員の方が各箇所で状況を見ながら指示をだす。時計回りに旋回させる。
私がついた綱は、後方にあたる綱だった。前方の綱と棒が先行して山笠を回転させ始める
後方の綱は、「いけ!」という指示で一気に走って
山笠の綱の付け根と正面になるようにして一気に引く。
これで半回転するのでこれをもう1度繰り返し1回転させる。これを5回繰り返す。
5回転させた後は一気に、その場所から引いて動かし一時停止場所へ持っていく。

無事に5回転が出来た。一端休憩し、西組のおおまぎりを待つ。 西組がおおまぎりを行う。
東組より人数は多いがそれでも大変そう。西のおおまぎりが終わり、東組も移動する。
3機の山笠が、夜に向けてのライトアップとお潮い取りという行事
(博多の山笠と同様)を行う為に一端1時間30分ほど停止する。

近くの浜へみんなで行く。組の若者が海に入り、砂をいれて戻ってくる。
二礼二拍手一礼をする。
ここで一端休憩になる。次の出発は20:00だという。
19:30に集まってほしいと役員の方が言っていた。

一端公民館で休憩した後、19:30に東組の山笠へ戻る。
ちょうど若手の皆さんが夜のライトアップの準備や山笠の台車のメンテナンスを行っていた。
すこし離れて見ていた所、「離れて見てないで近くにどうですか? おにぎりもあるので、どうぞ!」
と親切に声をかけてもらった。山笠の前に座り込み、おにぎりとビールを頂く。
20:00になり折り返しの神社までの道のりが始まる。(その2へつづく)

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2006年02月25日

寒中水浴参加(2002年)

(2002年に参加した中央区の寒中水浴大会のレポートです。 
日記で書いていたものを再構成して載せます。)

2001年も参加したが、今年(2002年)も寒中水浴に参加することにした。
中央区の鉄砲州稲荷神社の行事である。  

この行事は、水を張った水槽に氷を浮かべ、
男性は褌(水着の方もいた)、女性は白装束で水槽につかる。
この時期に多い寒中禊の類である。 

10時30分までに受付を済ますことになっているので
間に合うように社務所で受付。
参加料500円と住所等を記帳する。

社務所の2階に上がり、着替え。
褌と鉢巻をつける。昨年は越中褌にしたが、今年は前垂れありの六尺褌。

着替えて境内に出る。 出るとカメラの放列。
マスコミだけではなくアマチュアカメラマンもおおい。 
昨年(2001年)に比べて暖かい。 
ただ前に並んだやせ型の方は鳥肌が立っていた。

宮司さんの先導で準備運動。 ほかほかして汗もかいてきた。 
神社をでて境内の周りを1周。
このあたりは、ビジネス街で、高層ビルや高層マンションが多い。 
そこに褌姿の集団が走るというなんだか不思議な光景。

準備運動が終わり、いよいよ水につかる。 
水に浸かった瞬間は痛いと感じたが、すぐに温度に慣れてしまった。
ただ周りの人(さっきの鳥肌の男性)などやせ型の方には堪えた。
隣でぶるぶる震えている。 「まだかよ」との声まであがった。
私はまだ大丈夫だった。 5分弱で終わりとなった。みんな水槽からあがった。 
私はまだまだ浸かっていられた気がする。

近所の銭湯へ行き、暖を取る。シャワーを浴びると感覚がない。
感覚が戻るまで少しかかった。 感覚が戻ってから湯船へ。
風呂から上がり着物を着て、その後社務所へ戻り
お弁当などや澄まし汁などどもてなしていただく。

12時30分頃終了し、帰宅する。

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posted by かぼすけ at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする